「核の夢 二つの世界」連続インタビュー

世界一の原発輸出大国ロシア。国営原子力企業ロスアトムは政府と一体となり、資金支援とセットで新興国などに積極的に原発をセールスしている。一方、欧米には、原発をてこにしたロシアの影響力拡大や、事故のリスク拡大への不安も広がる。ロスアトムで約20年間働いた後、原子力コンサルタント業を営むアレクサンドル・ウバロフにロシアの狙いを聞いた。(聞き手・構成=大室一也)

――なぜロシアは原発輸出に力を入れているのですか。

多くの国は自分の国に原発があればいいと思っており、特に発展途上国はそうだ。日本は豊かで、例えば天然ガスを輸入しても、支払いは大丈夫だ。でも、アフリカやアジアのあまりお金がないような国は、輸入できるお金が十分でない。

水が少なく、日照が少ない国でも、生きるにはエネルギーが必要だ。原子力発電は6080年使える、頼りがいがあるエネルギーであり、世界的に需要がある。我々が銃を突きつけ「うちの原発を造ってくれ」と脅しているとでも思っているのか。需要があるから、買いたい国が列をなしているのだ。

原発大国ロシア

世界で最初に原子力発電による送電を始めたのは旧ソ連だ。1954年、モスクワから約100キロ離れたオブニンスクで開始した。その後、社会主義陣営の旧東ドイツ、ハンガリー、旧チェコスロバキア、ブルガリアなどに次々と原発を建設。91年にソ連が崩壊し、ロシア連邦となったあとも原発の輸出に力を入れ、現在はバングラデシュ、インド、トルコ、ベラルーシで計7基の原子炉を建設中。日本原子力産業協会によると、90年以降に主要国が輸出した原発の数(建設中、計画中を含む)のうち、ロシアが最多の約4割を占め、世界最大の原発輸出大国となっている。

――輸出に力を入れるのはロシア国内の市場が飽和状態だからですか。

昔は電力需要が増え続けると思われていたので、たくさん原発が造られた。でも需要が思ったほどなく、電力が過剰になった。ただ、これは一時的な問題だと思う。今後は経済的に非効率な原発も閉鎖されていく。10年、15年経てば、ロシア国内でも新しい原発が建てられるようになるだろう。

今のロシアの原子力産業の主な課題は、(投入した以上のプルトニウムができ、それをさらに燃料に加工して使う)核燃料サイクルを完成させることだ。高速増殖炉は将来に不可欠で、ロシア中部のベロヤルスク原発に、BN600BN8001基ずつ稼働している。日本の高速増殖炉「もんじゅ」が廃炉となったのは、残念な結果だった。

――ロシアは原発の輸出先の国に政治的な影響力を強めようとしているのではないですか。

過剰な評価だ。原発は大きなプロジェクトで、国と国の関係を良好にはするが、政治的な影響力はそれほどない。もちろんロシアと輸出先の国との間で、政治家や企業の交流がうまれる。一般人もそう。私も旧ソ連が原発を建てたブルガリアに友人がいる。チェコ、ブルガリア、ハンガリーといった旧ソ連が原発を造った国々は現在、NATO(北大西洋条約機構)加盟国だ。原発はこうした国々を親ロシアにできていない。

――原発輸出はインフラ整備から原子炉建設、燃料供給、廃炉まで長期間、場合によっては100年近く金を稼げるビジネスになります。

いい質問だ。例えば私が原発を造り、あなたがお金を払ったとする。「ありがとう、さよなら」と言った後、あなたは米国の原子力企業ウェスチングハウスに原発の保全を依頼することができる。市場経済だから、100年間その国が束縛されることはない。もちろん100年間契約を続けたいが、約束してもらえるわけではない。競争は厳しく、我々も闘わなければならない。

国によっても事情は違う。日本の場合、原子力関係の企業が多く、レベルの高い専門家がたくさんいる。中国もそうだ。ロスアトムが原発を建設しているバングラデシュのような国なら、ゼロからのスタートになる。ロスアトムが人材を育成していくうち、専門家も育つ。いつか彼らは「お世話になりました。原発を造ってくれて感謝しています。さようなら」と言ってくるんじゃないか。日本もアメリカが技術を提供し、その後、人材が育った。

――ハンガリーのパクシュ原発は増設を巡り、国内で反対も起きています。

6月に増設関連工事が始まった。パクシュには旧ソ連が造った原子炉が四つある。古いので2030年代に入ると廃炉になる見通しで、代わりに2基増設される計画だ。オルバン首相だけでなく、どの政党が政権を取っても、新しい原子炉がほしいだろう。ハンガリーは小国。廃炉になったら、どこからエネルギーを得られるのか。

ハンガリーのパクシュ原発

東欧ハンガリー唯一の原発。ドナウ川沿いの町パクシュに旧ソ連が原子炉4基を建設し、1980年代に稼働を始めた。現在、国内で消費される電力の約3分の1を発電する。2030年代には順次廃炉になる見通しで、オルバン政権はロシアと最新型の加圧水型炉VVER12002基増設することで合意し、建設費用の約8割にあたる100億ユーロ(約12000億円)の融資を受けると決めた。今年6月、増設関連の工事が始まった。

近くに、2022年までに原発を止める選択をしたドイツがある。ドイツは再生可能エネルギーを開発する技術力はあるが、安定していないのが問題だ。太陽光発電は夜は発電できない。風は明日吹くかどうか分からない。やっぱり安定している発電所がほしい。だから、ハンガリーに原発があると、ドイツもうれしいはずだ。ドイツ人はどうしても自分の土地に原発を造りたくないないが、欧州連合(EU)の域内なので(電力の)貿易は簡単だ。ハンガリー人もドイツ人も満足できる。

オルバン首相は入札を経ずに直接ロシアに原発を発注し、建設費の8割をロシアから融資してもらうと決めた。ハンガリーが加盟するEUは競争原理に反するとしたが、私はオルバン首相は素晴らしいことをしたと思う。

――米国とロシアは核エネルギー開発でしのぎを削ってきた。ロシア人にとって核エネルギーとはどういう存在なのですか。

平和利用の場合、ロシアにとって原子力発電は電力の2割。五つのライトのうち一つは原発の発電だ。安全保障の分野で見てみると、核兵器になる。

(原発をなくした場合)COの排出を減らすため、何で代替するのか。例えば発電に天然ガスを利用するにしても、どれくらい使い続けられる埋蔵量があるのか。全部使えば、孫たちの世代はどうなるか。次の世代のことを考えなければならない。だから核の平和利用は一定の割合あった方がいい。ロシアの2割はとてもいい割合だ。

日本人が原発に反対していることも理解できる。旧ソ連でもチェルノブイリの事故があった。原子力の平和利用にも危ない点があることは、日本人の学者も、我々も分かっている。それを理解した上で、責任感を持つことが大事だ。

残念なことに、人間の理解は事故がなければ深まらない。アメリカもスリーマイル島の事故でつらい経験をした。旧ソ連はチェルノブイリ、日本は福島。もちろん1回の事故だけで済んでいたらよかった。日米ロいずれも原発事故にあい、どれだけ危険なのかを経験した。逆説的だが、(これによって)核の平和利用は危なくなくなるだろう。おかしいことを言っているように聞こえるかもしれないが、日本の原子炉は世界で一番危なくない原子炉になると思う。アメリカの原子炉も、ロシアの原子炉もそうだ。厳しい経験をし、それなりの代償を払ったのだ。アメリカ人も、ロシア人も、日本人も、核は危ないものだとして対応できれば大丈夫だ。

――核エネルギーはロシア人にとってアイデンティティーと言えますか。

その言い方は、ちょっと強すぎる。バレエやウォッカは誇りにしているが。

――それでは誇りですか。

専門家として「はい」と言える。チェルノブイリ事故のつらい経験をし、教訓を得た。誇りを持てる理由は、事故後、能力を高めた原発を造ったからだ。

アレクサンドル・ウバロフ

1965年生まれ。「ロシアの原発発祥の地」オブニンスクの学校で原子炉の設計を学んだ。19832005年、国営原子力企業ロスアトムで放射線測定などに従事。退職後、オブニンスクで原子力コンサルタント業「アトム・インフォセンサー」を立ち上げた。ロスアトムの元エンジニアなど社員は約10人。インターネット上で原発関係の情報を集めた「新聞」も発行している。

■特集「核の夢 二つの世界」に登場した世界中の原子力専門家に核のいまと未来を聞いたインタビューを掲載します。明日は昨年日本支社を開いたロスアトムの支社長に、日本進出の狙いなどを聞きます。