変わる事業者と立地地域の関係

 2019年6月、ロシア中部スヴェルドロフスク州のザレチヌィ市で、新たな産業誘致を目的に外部の投資家達を招いて視察ツアーが行われた。このツアーで同市を訪問したのは、ロシア第二の都市サンクトペテルブルクの産業設備・空調システム製造分野の企業代表者達である。投資家たちは工業用地を視察し、電気・水供給やアクセス道路の整備などについて確認するとともに、同工業用地内の建物の賃貸や用地取得条件を審議した。

 ザレチヌィ市では稼働停止を迎える原発に代わる産業育成が喫緊の課題となっている。同市はソ連時代からベロヤルスカヤ原発の立地地域として発展してきた。しかし、同原発はすでに1、2号基が稼働停止し、3号基も2020年に稼働期限を迎え「廃炉時代」に入る予定だ。ここで積極的に原発閉鎖後の経済・社会づくりに動いているのが、国営原子力企業「ロスアトム」である。上述のサンクトペテルブルクからの投資家訪問に際しても、同社の地域振興担当責任者が会談を行い、同市における製造業の発展について意見交換している。

 ザレチヌィ市は政府から「集中社会経済発展区域」に指定されており、この区域で活動する企業には税制優遇や手続き緩和などの特典が認められる。2017年に同市は「ロスアトム」が推進する未来都市プロジェクトの実施地域に選定された。このプロジェクトで「ロスアトム」は同市での医療、住宅公営部門、教育、公共サービスの充実化などの振興策を実施している。長年ベロヤルスカヤ原発の事業者として地域で活動してきた「ロスアトム」が代替産業創出や都市環境整備に協力している。

 ザレチヌィ市のプロジェクトは、廃炉時代を見据えて「ロスアトム」が推進する地域産業育成の一例に過ぎない。ロスアトムは原子力施設に依存してきた地域での新産業育成を推進する子会社ATOM-TOR社を設立し(2017年)、企業誘致や都市環境整備事業に取り組んでいる。例えばATOM-TOR社はサロフ市(ロシア西部ニジェゴロド州)で行政運営効率化や住環境改善に関わるLEAN SMART CITYプロジェクトを実施し、その結果、同市は国際機関UN Habitatのベストプラクティスにも選ばれている。同市はソ連時代に核技術開発拠点として発展してきた歴史があり、原子力に依存しない新たな都市づくりが課題となってきた。

 原子力事業を推進してきた国営企業「ロスアトム」が「原子力に依存しない」地域経済づくりに取り組むのは奇妙に見えるかもしれない。しかし、国策国営で原発を推進してきたロシアでも今後多くの原発が稼働停止期限を迎え、「廃炉時代」の地域経済シフトに向けて待ったなしの状況となっている。「ロスアトム」自体も風力発電や北極海航路運行など原子力以外の分野へビジネス多角化を進めており、2030年には原子力以外の売上を全体の30%(2018年時点18%)に引き上げる計画である。「廃炉時代」を迎える地域での新産業育成は、立地地域にとっても原発を運営してきた事業者にとっても喫緊の課題なのだ。

 世界各国の原発立地地域で「廃炉」を見据えて、事業者と地域社会の関係変容が始まっている。これは日本にとっても他人事の課題ではない。

おまつ・りょう 1978年生まれ。東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学。その後は通信社、シンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども被災者支援法の政府WGに参加。現在、「廃炉制度研究会」主催。